5P。(仮題)←…。3





ぞくり、とデュオの肌が粟立つ。
「…ん………」
先刻強く感じたポイントをわざと避けるようにして指は内部で動かされる。
焦れったいような、むず痒いような感覚がデュオの中でヒイロの指を締め付けさせる。
それはデュオの意志とは関係なく、無意識にヒイロにもっと強い快楽を与えてくれるように甘えているかのようだった。
じくじくと僅かずつ熱を上げていくその様子に、ヒイロは満足そうに微笑むと口内で捕らえていたデュオの舌を甘噛みした。
秘部だけでなく、身体のどこもかしこも敏感になっている。
合わせられた唇の隙間から透明な雫が伝い落ちた。
そうしている間にデュオの中に埋められた指は一度抜かれ、次はその数を二本に増やしてまたゆっくりと入り込んでくる。
何の抵抗もなく、却って待ちわびていたかのように、再び差し挿れられた内部はきゅっとヒイロの指を食み締め、一瞬竦んだ身体はまたおとなしくなった。
長く口付けられていたヒイロの唇が離れたとき、デュオは瞬間切なそうな瞳をした。
けれどそれはデュオの中の指が動き出すとともにぎゅっと閉じられ、離れた唇がデュオの胸の突起を含んだときに潤んだ視線でヒイロを見つめた。
「……ヒイロ…、」
「…どうした?」
「………何か、クスリ、…使ったのか…?」
昨日もクスリを使われたが、今日は意識がはっきりしている。
その分昨日より気恥ずかしく、そして快感が細やかに感じられた。
「…ああ、あいつが使ったものとは違うが。
 俺はおまえの意思を尊重して抱いてやろうと思っている」
「…………?」
「意識より身体を感じさせる方がずっと簡単だ、…おまえが言っていたように男の身体はそういう風に単純に出来ているからな。
 だが、セックスは挿れて出すだけじゃない。
 素面で俺を欲しいと思うように仕込んでやろうと考えているわけだ」
「…んな、馬鹿な…っ…」
しかしデュオが否定している言葉の調子は弱い。
何処かで気付いている。
この目前の相手に惹かれ始めている自分を。
それでも認めたくはなくてデュオは下唇を噛む。
疼きだしている部分から目を逸らしたくて、けれど身体は正直で。
そっと視線を泳がせれば感じている自身が目に入って。
デュオは、おずおずとヒイロの視線と己のそれを交わらせた。





「……どうかしたか?」
「ん…いや、何でも…ねえ、けど」
絡んでしまった視線を無理矢理に外そうとして、己の中に差し入れられた指を動かされることで再びヒイロの瞳に意識を引き戻された。
澄んだ色の、深い深い蒼の色がまるでデュオを雁字搦めにでもしているかのように離さない。
「…デュオ、」
低い声音で名前を呼ばれるだけで背筋がゾクゾクする。
無意識に身動いた内部に気付いてヒイロの指は愛おしそうに体内を探る。
塗り込められたジェルが体温で溶けたのか、指の動きに合わせてくちゅくちゅと音を漏らし始めた。
「……ぅ…や、やだヒイロ…っ、そんな、音…立てんな…っ」
恥ずかしさに、頬が赤くなるのがわかる。
「何が嫌だ? おまえの中はこんなに悦んでる。
 素直におとなしく甘えてみろ、もっと気持ち克くしてやる…」
そんな声が耳元でデュオに囁きかける。
ヒイロの冷たかった指はデュオの内部に温められ、同じ体温となり違和感を薄くしてデュオを苛む。
このヒイロがデュオに使ったクスリの効果は確かに当主ヒイロが使ったそれよりも弱いのだろう。
丹念に、ゆっくりとヒイロの指と唇はデュオの性感を高めてゆく。
昨日のように乱れるにはデュオの意識は未だしっかりしすぎていた。
「……デュオ、あいつとのセックスはどうだった?」
緩い快感の波にたゆたっていたデュオは答えるために小さく息を吐いた。
「…良く、覚えてねえ…よ、」
切れ切れの、自分でも艶を含んだ声だと思った。
ヒイロは二本の指を引き抜き、もう一本足して今度は三本で再度挿入した。
「…んんっ…!」
秘部を押し広げられる感覚にデュオは息をのむ。
ヒイロは指を揃えたままでゆっくりと根本まで埋め込んで、馴染むのを待つかのように動きを止めた。
「………ふ…っ……、」
「…デュオ、おまえはあいつとして、気持ちよかったんだろう?」
デュオは一瞬先刻のヒイロの提案のことかと思いはしたけれど、すぐにぐちゃぐちゃになった思考がそれを忘れさせた。
この目の前にいる男が何故そんなことを聞くのだろう、という疑問だけが残った。
「デュオ」
男の声の調子が少しきついものになって、デュオは焦燥感に駆られる。
どうしてだか恐い、と思った。
意識が、思考が次第に麻痺してきて、ただ身体の疼きと僅かな畏れがデュオの全てを支配し始める。
「…やだ、何でそんな…ことっ……!」
身を捩って逃げようとする。
しかしベッドの上に縫い止められた身体はいうことをきかない。
ヒイロは指をデュオの中深くに埋めたまま、もう片方の手で頭を擡げ垂涎しているデュオのそれをきゅ、と握った。
「…あっ!」
今まで放置されていたそれにようやく触れてもらえて、安堵の響きでデュオの声は酷く濡れて発せられた。





「気持ち克いから、勃っているんだろう? これは」
ヒイロの手は先端から零れるデュオの先走りを塗り広げるように扱いた。
「…ゃ、嫌、だ、…やめ……」
ダイレクトな快感がデュオを襲う。
頭の奥ががんがんして、視界すらがぼやけてくる。
後ろと前を同時に嬲られて、痛いほどの気持ち克さがヒイロから与えられる。
「……あ、あっ、は…ああっ、…やめ、……ゃだ…あっ」
身体は熱くなってもうどうしようもないのにイかせてもらえない。
「…デュオ、」
動きが止まる。
いつのまにか滲んでいた涙を目の縁に溜めたまま、デュオは声のする方を向いた。
挿れられていた指を抜かれる。
食み締め、蠕動していたそこは抜かれたあともひくひくと疼いている。
知らず腰を揺らめかせてしまって、ヒイロはそれを見て笑みを零した。
「デュオ、…あいつとのセックスはどうだった?」
また、さっきの質問だ。
デュオはゆるゆると首を振ってそれに答える。
何を問われているのかわからない。
そしてまた、この男が何を望んでいるのかがわからない。
気持ち克かった、と答えれば満足なのか。
確かに、ビデオであの行状を見たのならそれは限りなく嘘に近い。
しかしそれはデュオにもよくわからないのだ。
まして今は思考が正常に働くような状況ではない。
緩やかに苛まれ追い上げられた身体は解放を望んでいる。
デュオは一度瞬いて眦から透明な雫を零すと、ヒイロの頬に手を伸ばした。
「デュオ?」
「……、何を…どう言えば満足?」
「…言っただろう? これはゲームだ。
 もうあいつとはしない、と。俺だけを愛していると言えばいいんだ」
ヒイロが言いながら微笑むのに、デュオもちょっと笑って見せた。
「言うだけなら…タダ、って?」
デュオにもようやくだがヒイロの意図していることがうっすらとわかった。
ならば乗ってやろうか、と思う。
「……ヒイロ、」
「…ああ」
「…もう他のヤツとは…しない、オレは、オマエだけが…好きだ…、」
その台詞が合図だったかのように、ヒイロの猛ったそれが押し充てられ、ゆっくりと、十分に準備の為されたそこへと挿入された。
「…ああっ…!」
デュオの自身は未だ痛いほど張りつめていたけれど、中にヒイロが入ってくることでどうしようもなく悦びを感じてしまうのもまた事実だった。





中を擦られるだけでイくにはデュオは未だ経験が足りない。
圧倒的な質量をもってデュオの中に進入してくるそれは、熱さと硬度を兼ね備え少しずつ中を満たしていった。
「……っ、狭いな、おまえの中は…」
低い声がデュオの耳元を擽る。
そんなことを言われても知らない。
自分の身体は女のそれとは違って受け入れるようにはなっていない。
それをわかっていて自分を抱いているのはあんたたちだろう?、と。
そう言おうとして、けれど声が言葉になることはなかった。
「…っあ…、は…あっ、ぁっ……!」
「ああ、…嫌でそう言ったんじゃない。
 …男を抱くのは初めてだと…そう、言っただろう?」
この台詞を言い終えると同時にヒイロのそれは強く押し込まれ、完全に中におさまった。
「やっぁああっ!!」
デュオの喉が仰け反って、切羽詰まった声が上がる。
充分に馴らされたとはいえヒイロの怒張したものは大きく、デュオの後口は目一杯に広がってそれをくわえ込んでいる。
あまりのキツさにヒイロも僅かに息を飲んだ。
中におさめきってしばらくはどちらも動かない。
デュオは浅い息を繰り返している。
ヒイロはそんなデュオの様子を見て愛おしそうに手を伸ばし、頬に触れた。
「………デュオ、…大丈夫か?」
「…っ、見て、……わかんだ…ろっ!」
やっとのことで切れ切れに返答を返すデュオに、ヒイロは口端で笑んだ。
「…すまない、キツかったな。こんなに狭いとは思わなかった。
 だが、俺とおまえはこれで完全に繋がっている。嬉しくはないか?」
「…っなに…馬鹿言って…っっ!」
かっと顔を赤くしてデュオがそう言い募ろうとして、しかし大きな声を出すことによって中のヒイロを無意識に締め付けてしまうことになる。
「そんなに…締めるな」
ヒイロが可笑しそうにデュオに言う。
「…………ぅーーっ」
ぎちぎちにヒイロを締め付けていたそこは、少しずつではあるが馴染んで蠢き始めた。
それに気付いたヒイロは少し腰を引き、またゆっくりと押し込んだ。
まるでデュオの中の感触を試し、確かめるかのように。
その僅かな動きにデュオの身体はビクビクと震えた。
同時に中もそれに合わせて動き、デュオは甘い声を上げた。
「…んっあああ…っぁ…っん…」





「……デュオ、気持ち…克いだろう?」
デュオは意識をかき乱され、ただがくがくと揺らされるまま首を縦に振った。
気持ち克いのか、…そうだ、確か誰かもそう聞いた。
誰だったろうあれは。
「…………っっ、あ、…ぁあ、ああ、」
「デュオ…」
けしてデュオを傷付るわけではない、優しい声音で名を呼びながら共に高見に登りつめようとしている男。
ふいに男の動きが止まって、デュオは目を開いた。
「…っ、」
デュオの中を穿ち、喘がせているこの男。
…名は?
考えるより先に口が動いた。
「……ヒ、イロ…ヒイロ…ぁ、っ」
そうだ、情事の時に呼ぶのはこの名前だけだ。
他にはない。
この男であろうとも、昨日己を抱いた男であろうとも。
「…ヒイロ…ォ」
「ああ、そうだ…デュオ」
優しく頭を撫でてくるその温かさも。
きっとどれも同じ。
「………っ、動い…て、」
切れ切れに言葉を紡ぐ。
中を擦られることと、身動くヒイロの腹筋に擦られるのとでデュオのものは今にも弾けんばかりになっている。
早く解放してもらいたかった。
何度中に放たれてもいい、けれどイかせてもらえないのは辛い。
「…悪かった、すぐにイかせてやる」
ヒイロは律動を再開するのと同時にデュオのものに手を伸ばした。
切なそうに反り返り、それは愛撫を求めてふるりと震えた。
「んんっっ」
直接触られると痛いほどの快楽が頭を突き抜ける感じがした。
腰が期待に細かく震える。
放つときの気持ち克さを覚えているのだ。
きゅ、とデュオのものを手の中に握り込み、伝い落ちている滑りを塗りつけながら追い上げてやる。
すると切なそうにデュオの瞳が閉じられ、口元から吐息が零れる。
意識していないのだろうが、それは相手のオスを揺さぶるだけの威力を持つ。
ヒイロはデュオの自身を柔らかく扱き上げ、解放させてやる。
「…ぁっぁあ、あああっ!!」
手の中をとくとくと熱いものが濡らすのを感じ、そして突き込んだ内部が強く収縮されるそこに自身の熱い迸りを注ぎ込みたい衝動を感じるが、ヒイロはそれを抑え込み猛ったままデュオの中の動きを楽しんだ。
「………っ、デュオ…」
息を詰めるように耐える。
それはこの男にとってしても結構な忍耐力を要した。





「…は、ぁ……、は…………、」
忙しなく、けれど浅い息で呼吸を整えようとしているデュオが少し落ち着いたのを見計らって、ヒイロはまだデュオの中で存在を主張しているものが萎えていないのを知らしめるように腰を動かした。
「……っあ…、オマエ、まだ……」
それの意図することに気付いたデュオが頬を紅潮させる。
「あれぐらいで放つのは勿体ないだろう?」
「っば…っ! 何…馬鹿なこといってんだ…よッ!」
懲りずにデュオはまた中で強くヒイロの自身を抱き締めてしまう。
「…!! ……うううー…」
ヒイロがそれを笑った。
「賢くないな、おまえは。だが、…可愛い」
え、とデュオが聞き慣れない単語を聞き返す間を与えずヒイロはデュオに少々無理な体勢から口付けた。
「…ん、」
そしてデュオは意識しないままそっと瞳を閉じ、与えられる口付けをすんなりと受け入れる。
口内ではヒイロの舌がデュオを愛おしむように絡んでくる。
デュオもそれに応えるように舌を動かすと、まるで連動するかのように内部がヒイロを包み込んだまま蠢きだした。
「………デュオ、」
唇を話した合間にヒイロの声がデュオの名を呼ぶ。
いつのまにかデュオの腕はヒイロの肩にかけられていた。
「……動くぞ」
どこか名残惜しそうに唇を離し、ヒイロはその言葉通りに抽送を開始した。
大きく膨らんだままのそれは先程よりスムーズに律動を繰り返した。
デュオの中がヒイロの自身に馴染んだのか、それとも中のものから零れた先走りが容易くさせているのか、それは定かではなかったが。
けれど二人は先刻よりも強い快楽を分け合っていた。
デュオの口の端からは透明な雫が零れ、またデュオのものも頭を擡げ。
デュオのものに添えられたヒイロの手は今度は同時に達することを望むように追い上げ、時にはイくのを塞き止めるように動かされていた。
「…ぁ、ん…あ、あっ、…も、もう…やっ、ヒ、イロ……っ!」
ひっきりなしに喘がされているデュオが哀願するようにヒイロの肩に爪を立てた。
ヒイロは僅かに顔を蹙め、瞬間動きを止めてデュオの首筋にキスを落とすと、最後の追い上げとばかりに強くデュオの中を擦り上げ、デュオを解放させるのに数秒遅れて中の収縮を充分に味わいながら己もまた最奥に叩きつけるように白濁を注ぎ入れた。
「あっ、つっ、……ぁあっ!」
「………っ、…デュオ…」
そして余韻を充分に堪能した後、ヒイロはデュオを腕の中に抱き込むように倒れ込んだ。

「………っあ……もう、…」
ヒイロの身体の下でデュオが身動いた。
デュオの内部に放たれた熱い液が二人の身体を繋いでいる。
「…………デュオ」
密着した身体を更に寄せるようにしてヒイロが顔を近づけ、デュオの耳元で彼の名を囁いた。
びくり、とその声に感じたデュオの動きに微笑が零れる。
「まだ、…いけそうか?」
「な、…何を?」
「2ラウンド目。突入しても良いのかと聞いている。
 まだ俺は満足したわけじゃないが、意向を聞いてやるくらいの、」
余裕はある、そう言ってヒイロは一旦上半身を離すと、デュオの胸にある突起を指の腹で撫でた。
「…ひゃっっ! …何す…!」
「本当に感度が良いな、面白いくらいに」
にやりと笑う。
それがまたこの男の魅力をより一層際だたせるようで憎らしい。
「……そんなにお気に召したわけ? オレの身体」
精一杯の嫌味口調で応対してみるが、既に気持ちは負けている。
「まあ、腹上死しても良いくらいには」
うわうわうわうわわ、なんてこと言いやがるコイツ。
「……………変なヤツ、」
「そうでもない、おまえの身体が悪いんだ。………ほら」
ヒイロが繋がったままの身体から身を引こうとする。
「……んん…ぅ、」
今まですっぽりと収まっていたものが抜けていく感触に、デュオは思わず吐息を漏らした。
自分の耳で聞いてすらそれはとても甘く拗ねるような響きを持っていた。
「まだ足りなくて、このまま終わるのは嫌なんだろう?」
完全に抜ききることなく入り口付近で動きを止めて、ヒイロは繋がった箇所にそろりと手を伸ばした。
ヒイロの自身を食んだそこはじくじくと息づいている。
指でデュオの下の口に触れると、柔らかくなったそこはさほどの抵抗も見せずに中へと迎え入れるようだった。
「……ゃ、やだやだ何すんだよ…!」
ヒイロは誘われるように指をそのまま自身に添えて、一緒にデュオの内部に差し入れた。
そして第二関節まで入れたところでくい、を指を曲げる。
「………っあ、あっ!」
「ココが、…いいんだろう?」
デュオに応える余裕はない。
息を詰め、激しく襲いくる衝動に耐えている。
二度も達したはずのデュオのものがまた勃ち上がっていた。
それと連動するように細かく蠕動し始めたデュオの中に煽られ、ヒイロの自身もまた堅さを取り戻した。
「…果てがないらしいな、この身体は」
もうヒイロの呟きもデュオには聞こえない。
いつのまにかヒイロが指を抜いたらしく、律動を開始したようだった。
デュオは狂おしいほどの快楽の中、いつしか意識を手放していた。





デュオが意識を取り戻したとき既に身体は綺麗にされていて、汗と精液でベタベタになっていただろう肌はさらりとソープの香りがして、バスローブを着せられベッドの上に横たえられていた。
それどころか髪まで洗われてしまっているらしい。
すっかり乾かされているが、手に取ったさらさら感がそれを物語っていた。
(…………えーと、)
上手く働かない思考をたたき起こすようにデュオは首を振った。
ぶんぶんぶん。
「…ああ、起きたか」
ちょっと離れたところから声が聞こえ、それと同じ方角から珈琲のいい香りがしてくる。
気配が近付いて、カップをサイドテーブルに置いたのかカタンと軽い音がしてデュオの身体は抱き起こされた。
「………ほら、」
大きなマグカップが渡され、デュオは両手で受け取った。
厚めのカップはさほど手には熱くなくて、何も考えずにくくっと飲んでみたらそれは少し甘いホットミルクだった。
「……………珈琲じゃナイ…」
「何だ、珈琲が良かったのか? お子様にはホットミルクだろう」
「っ誰がお子様っ…!」
デュオは漸く目が覚めた。
くるりと振り向いた先には微笑を浮かべたヒイロがいて。
そろそろ慣れたいと思ってはみても、デュオはまた見惚れてしまう。
うううと口の中だけで唸って、デュオはカップに目を戻した。
「……………じゃあ何か? あんたはお子様相手にあんなことすんのかよ?」
ヒイロは面白いものを見るようにデュオを見て、そして声をあげて笑った。
「ははっ、…そうだな、セックスに関して言えばおまえは充分にオトナだな。
 慣れていないと言い張る今の段階であの調子なら、先が楽しみだ」
「……そんなことで褒められても全っ然嬉しくねえんだけど」
デュオは片膝を立ててその足を抱えた。
「そう言うな、素直に褒められておくのも技だぞ」
ヒイロはそう言いながら乾いたデュオの髪をそっと一房つまんで口付けた。
「…技?」
「男を手玉に取るための、な」
………いりません謹んでお断りしますそんな技。
反論しても敵うわけがないので、デュオはカップのミルクをずずっと飲んだ。
「……あ、」
「どうした?」
「聞くまでもねえんだろうけど、…身体綺麗にしてくれたのって、あんた?」
「言うまでもないことだな、確かに。瑠璃にでもしてもらいたかったか?」
「っじょ、冗談っ!」
瑠璃に好意を持っているとかそういうわけではなく、例え知られてはいてもあんな姿をオンナノコに見られるのなんて真っ平ゴメンだ。
なけなしのデュオのプライドがそう言っている。
「……んじゃさ、もいっこ聞くけど、…慣れてんの? こゆこと」
「…まあ、何度か経験はあるがな。 妬いているのかデュオ」
する、とヒイロの左手の指の背がデュオの頬を撫でた。
「誰が」
「おまえは軽かったからな、風呂場に運ぶのも容易かった。
 身体を洗っても髪を洗っても湯に浸らせても、ついでにドライヤーをかけている時でさえ目を覚まさなかったのは流石にどうかと思ったが」
「………………知らねーよ、オレだってさ。疲れてんのかもな」
「………そうだな」
案外と素直にヒイロが頷くので、デュオは意外な感じがしてまたミルクを啜った。





「…ところでさ、あんたに聞いていいのかわかんねえけど、…オレの就業時間ってどうなってるんだと思う? 24時間年中無休なんかなもしかして」
性欲の有り余っていそうな四人の男がいるこの家で、朝も昼も夜も関係なくヤられ続けたりなんかしたらあっという間に腎虚でぽっくり逝けそうだ。
…笑い事じゃない。
まあ今のうちは物珍しいオモチャと言うことで順繰りに弄ばれているだけのようだが……………。(←それはそれで恐い考えになってしまった)
「…そうだな、休息が欲しいなら俺からあいつに言っておいてやろう。
 下のはまだおまえを抱く準備が終わっていないようだしな」
あいつとは当主ヒイロ、下のとは3番目のことだろう。
それよりも。
(…………………準備って何だ準備って)
問うてみたところで嬉しい返事が返ってくるわけもなく、デュオは喉元まで出かかった疑問を飲み込んだ。
これも処世術の一種だろうか。
ふう、と溜息をついたデュオにヒイロは思いだしたように言った。
「ああ、そろそろ小さい王子様の帰ってくる時間だな。
 デュオおまえはどうする? 着替えて出迎えてやるつもりなのか?」
「………許されるんならこのまま寝落ちたいくらいなんだけど」
ぽそりと小声で言ってみる。
疲れだけでなく、子ヒイロと何となく顔を合わせづらい。
「ここでか?」
「…何かヤな夢見そうだからそれはちょっと」
「そうか、じゃあ部屋まで戻れるか? 何なら抱いていってやるが」
「…………え、あ、…えーと、………オネガイシマス」
足を動かそうとして、小刻みに震えが走ったのでデュオは静かに頷いた。
とんでもなく不本意だが、試してみたところどうにも腰が立ちそうにない。
「今度は素直だな。じゃあミルクを飲み終えたら連れていってやろう」
よしよし、と頭をくしゃくしゃと撫でられた。
何だかそういうのが懐かしくて、デュオはほんのちょっぴり嬉しくなった。
自分でも現金だ、と思う。
なんだかんだといったって、結局ヒイロたちは基本的には優しいのだろう。
「ああ、…そうだった。……デュオ、」
ヒイロが何かを思いついたようにデュオに声を掛けた。
「…何?」
「そのまま動くなよ」
ヒイロはそう言うとデュオの姿勢をそのまま留めて、またベッドサイドのテーブルから白い薬瓶を取り出して中身を少量指先に掬い取った。
そしてそっとデュオの秘部に触れる。
「……ひゃっ」
冷たいそれにデュオの声がつい漏れた。
ヒイロの指はいやらしい動きをせずに、ただ内壁に塗り込めるようにするとじきに出ていった。





ヒイロは事も無げに瓶に蓋をし、引き出しの中にしまった。
デュオの中のクスリはすぐにその内部の温度に温められて違和感がなくなる。
ただヒイロの指の感触だけがデュオの中に残った。
「……ナニ、したんだよっ!」
デュオは膝立てて無防備だった己の下半身を、今更ながら慌てて隠すように毛布をバタバタとかき合わせた。
「変なものじゃない、炎症を鎮める薬を塗っただけだ。
 切れてはいなくともケアはしておいた方が無難だろう?
 中がまだだいぶ熱を持っているみたいだしな」
確かに、変な感じはしない。
ヒイロの指に一瞬驚きはしたけれども、煽るような動きはなかった。
あんな箇所、自分でも直接触ったことがなかったのにこの家に来てからだけで三人もの他人に弄られてしまった。
敏感な粘膜の筈が、おかしなことにずきずきと痛んだりはしていない。
何となく重怠く、中にまだ何かが入っている感じがしてしまうくらいだ。
デュオは男同士のセックスの知識こそなかったけれど、今改めて考えてみるとこんな状態でいられるのはよっぽどのことなんじゃないだろうか。
「………おもしろいな、」
「え」
ぼそりと呟かれた言葉にデュオは顔を上げた。
いつのまにやら俯いて考え込んでしまっていたらしい。
「おまえの百面相を見ているのは飽きないんだが、…いいのか?」
「あ。…えーっと、じゃあ、」
デュオがそう言い終わる前にひょいと身体が浮いた。
ヒイロの腕はデュオの背と膝裏を支えていて、所謂[お姫様だっこ]の状態を呈している。
「…わ、」
「本当におまえは軽いな、もう少しくらい肉が付いても良いくらいだぞ」
「………そしたら?」
「抱き心地がもっと良くなる」
予想したとおりの返答が返ってきて、デュオは顔を赤くした。
「…どうした?」
「……真顔で恥ずかしいこと言われるのにあんま免疫がないもんでね!」
「そうか」
ヒイロはそう言うと部屋のドアを開けデュオを抱いたまま廊下に出た。



幸い二人がデュオの部屋に入るまで誰にも会わなかった。
ヒイロはデュオをベッドに静かに横たえると、その身体の上に毛布を綺麗に掛け直してやった。
「…サンキュ、」
そうデュオが言うのに小さく笑うと、その額に触れるだけのキスをした。
「ゆっくり休め、あとで瑠璃に食事を運ばせる」
「………ん、」
デュオは素直に頷き、襲ってきた睡魔に抗うことなく眠りに就いた。
ヒイロは汗で張り付いたデュオの髪をそっと直すと、音を立てないように廊下へと出るドアを開けた。





そこには、学校から帰ったばかりとみえてまだ着替えもしていない子ヒイロが制服のまま立っていた。鞄も手に持っている。
むすりと下から睨むように見上げられて、ヒイロは思わず笑みを零しながら子ヒイロの頭に手を置いた。
「おかえり。デュオは寝てるぞ、用があるなら後にしたらどうだ?」
「……………顔を見に来ただけだ」
相変わらず子供らしい可愛らしさのない甥だとヒイロは思う。
けれどこの態度は大人になろうと背伸びしているものでもあるので、そういう意味ではまだ随分と可愛らしいのかもしれない。
「そうか。…そんなにあれが気になるか、おまえも」
「…大きな世話だ。関係ないだろう、俺がデュオをどう思っていても」
「確かにな、」
頭に乗せられた手を払いのけて、子ヒイロはヒイロの横を擦り抜けるようにして室内に入った。
そしてそのまますたすたとデュオの眠っているベッドに近寄り、その上に腰を下ろした。
「ああ、おまえの分の夕食も運ばせる、瑠璃が来たらデュオを起こしてやれ」
背後から腹が立つほどの余裕を含んだヒイロの声が聞こえ、大きな音を立てることなくドアが閉じられた。
しん、と静まり返った室内。
「……デュオ、」
起こさないように気遣って、それでも小さく声を掛ける。
子ヒイロは手に持っていた鞄を、音を立てないようにそっと床に置いた。
そしてじっとデュオの寝顔を見つめる。
音のない室内にはデュオの定期的な寝息と子ヒイロの自然に押し殺したような息だけが存在している。
子ヒイロはおずおずと手を伸ばすと、デュオの頬に触れた。
見た目通りの柔らかな頬は、汗をかいた為かひんやりと冷たかった。
そしてデュオの眠りはよっぽど深いのか、微塵も起きる気配を見せない。
空調のために適温な室内で、自分の頬に触れている子ヒイロの手の温かさが嬉しいのか、デュオは無意識に擦り付いてくる。
子ヒイロはそんなデュオの頬をそっと撫でた。
こんな無防備さでいるデュオを思うと、どこか憎らしさもあったけれど。
「…………デュオ」
囁くような呼び声はデュオには届かない。
子ヒイロが頬に触れていない方の片手をデュオの顔の横につき、きし、と僅かにベッドを軋ませた。
伸びをするように顔をデュオに近づけ、触れるだけのキスをする。
ぽたりと。
小さく透明な雫がデュオの頬に落ちた。
「………ぁ、」
慌てて子ヒイロはそれを手で拭い取った。
幸いデュオは目を覚まさず、子ヒイロのその涙を見ることもなかった。





子ヒイロは、不覚にも零してしまった涙の残りを拭い取るように、ぐいと右の手の甲で両目を擦った。
そして改めてデュオの寝顔をじっと見つめる。
こうしてただ眠っている姿を見ていると想像できないが、確かにデュオは父とそれから上の叔父と抱き合ったのだ。
自分もまたデュオを「抱いて」しまった。
父と叔父の様子を思えば、彼ら二人がデュオをこの上なく気に入ったのがとても良くわかる。
子ヒイロは考える。

…どうしてだろう。
…どうして、デュオは受け入れてしまえるのだろう自分たちを。
デュオは別に借金のかたに身を売ったわけではないし、ましてや弱みがあるわけでもない。
ただ帰る家がないというだけなら、前にデュオが言っていたように友達の家にでも暫く身を寄せて、それから落ち着き先を決めたとしても良いはずだ。
だからデュオはあんな行為を軽蔑しても、憤慨してもおかしくはないのに。
…デュオが、起きたら聞いてみようか。
…それとも聞かない方がいいんだろうか。

(…でもおれは、デュオにずっとここにいてもらいたい)
子ヒイロはそう思うが故に先刻の質問をデュオに投げかけることが出来ないだろうと予感していた。
そしてそれは恐らく間違っていない。

ふと、子ヒイロは思いついてデュオの胸に耳を寄せた。
とくんとくんと規則的に脈を刻んでいる。
「………デュオ、…」
小声で名を呼んでも静かな寝息は乱れない。
子ヒイロは狂いなく打ち続ける鼓動に意識を向け、そっと目を閉じた。
とくん。
とくん。とくん。
柔らかい心音は心地よく子ヒイロの意識を包む。
子ヒイロはデュオの胸の上から少し身体をずらして、寄り添うように寝転がった。
靴を脱ぎ、えいと足までベッドの上に乗せて。
デュオの寝息と鼓動を子守歌代わりに子ヒイロはゆっくりと眠りに落ちた。



数時間後、夕食を運んできた瑠璃が見たのは熟睡している二人の姿だった。





コンコン。
「失礼いたします」
軽やかなノック音とともに瑠璃の声が聞こえ、その姿が入ってくる。
「…ヒイロ様、デュオ様、夕食をお持ちいたしました」
瑠璃は二人分の夕食を乗せた台車を室内に入れ、静かにドアを閉めた。
ドアをノックされた時点で子ヒイロは目覚めかけていたが、瑠璃の運んできた料理の香りにしっかりと覚醒する。
子ヒイロはゆっくりと起きあがると、瑠璃に問うた。
「………瑠璃、」
「なんでしょうかヒイロ様?」
「…今は何時だ?」
「はい、ちょうど7時半になりますわ」
子ヒイロが帰ってきたのが4時。あれから3時間半も眠っていたらしい。
「そうか」
「デュオ様はまだお休み中ですね。如何致しましょう?」
「ああ、後はおれがやる。瑠璃は下がって良い」
「はい、わかりました。それではお任せいたしますわ。
 それでは食事を終えられましたらお呼び下さいませね」
語尾にハートマークでも付いていそうなにこやかさで瑠璃はそう言いおくと、入ってきたときと同じように静かに部屋を出ていった。





「デュオ、」
子ヒイロはデュオの名を呼んだ。
しかし目覚める気配がない。よっぽど深く眠っているのだろう。
「デューオ」
少し大きな声で呼んでやると、漸く僅かに身じろいだ。
「……んー…、誰……?」
寝ぼけたふにゃふにゃの声でデュオが答える。
「おれだ、夕食だぞ、起きろ」
耳元で子ヒイロが言うのに、デュオは両の手で眠い目を擦りながらのろのろと起きあがった。
そして子ヒイロの姿を認めて目を一瞬大きく見開いた。
「…あれ、なんでヒイロ、…ここにいんの?」
「……………いちゃ悪いのか」
途端に不機嫌になる子ヒイロに、デュオは慌てて否定する。
「そ、そんなこと言ってねーじゃんか、…ただ、…」
「ただ?」
耳聡い子ヒイロは言葉尻を逃がさなかった。
「……何でも、ねえよ。…おかえりヒイロ」
デュオはちょっと困ったような微笑みを子ヒイロに向けた。
「…ああ、ただいま」
子ヒイロもそれ以上は追求できなかった。





くん、とデュオが鼻をひくつかせた。
「…あれ? いいニオイがする」
「ああ、瑠璃が夕食を持ってきたから起こしたんだが…食欲はあるか?」
きゅるっと小さくデュオのお腹が鳴って、空腹を訴えている。
「………聞くまでもないみたいだな」
子ヒイロが可笑しそうに言って、デュオは照れくさいのを隠すように喋りだした。
「…何だよ、ヒイロ、オレと一緒に飯食うのに部屋に来たのか?」
「そうだ」
「…ホントか?」
「どうしてそんなことを聞く? その理由では納得できないか?」
子ヒイロがデュオに向かって小首を傾げてみせた。
…恐らくは確実に計算している。
自分の容姿でのこの仕草がデュオに対してどんな効果を持つか、子ヒイロは十分に知っていながら敢えてやっている。
案の定デュオは返答に詰まって、部屋の中に視線を彷徨わせた。
「……う、そ、そんなことねえけどっ! 早く食べようぜ冷めちまう前にさ」
デュオは焦ったようにベッドから降りようとして、子ヒイロに制された。
「いい、ちょっと待ってろ」
そう言うと子ヒイロは部屋の真ん中まで台車を動かし、一旦そこに留め置くと窓際に近い位置にあった硝子テーブルをベッドの横まで運んだ。
そして手際よい様子でテーブルの上に二人分の食事を広げる。
部屋で摂る食事なのを考慮してか、量はともかく品数は少な目だ。
中位のボウルにいっぱいの温野菜のサラダと(勿論特製ソース付きだ)、ローストビーフや卵、ツナやアンチョビなどを挟んだ数種のホットサンド、それに温かそうな湯気を立てているスープ。デザートとジュースまである。
「わ、美味そう〜v」
デュオは早速手を伸ばそうとしたが、その目前にホットタオルを差し出されて一瞬動きを止め、綺麗に手を拭いてから再度ホットサンドを掴んだ。
「いっただきまーす」
ぱくりと一口食べて、デュオの顔に笑みが広がる。
「…すげー美味いv ほら、ヒイロも食べろよ!」
まるでさっきの気まずさなどなかったかのように上機嫌なデュオを横目に、子ヒイロは微苦笑して自分はまずスープに口を付けた。
(…よくもまあ人の気も知らないで、)
まあ、それがデュオの良いところの一つかもしれない。
しかし美徳が欠点に繋がるのも良くあることだ。
子ヒイロは幸せそうにホットサンドを食べているデュオの顔を見つめる。
…自分は、デュオに対して何を求めているのだろう。
ふとそんな疑問が頭を擡げた。
上の叔父と対峙していたときには頭に血が上っていたらしいのが、この静かな状況で冷静になったが為に改めて考えさせられてしまう。
自分はデュオを好きだと、惹かれていると、そう思う。
それだけは確かだ。





幸せそうにホットサンドをパクついているデュオの顔をじっと見つめる。
子ヒイロの視線を感じたのかデュオが顔を向けてきた。
「………なにヒイロ、オレの顔に何か付いてんの?」
「…ああ、」
「うわ、どこどこっ、」
デュオが慌てたように顔に手をやるのを子ヒイロは可笑しそうに見て、スープの入ったカップをテーブルの上に置いた。
「そこじゃない、手を避けろデュオ」
「え」
言われたとおり顔から手を離して、デュオは近付いてくる子ヒイロの手をおとなしく待った。
手だけではなく顔まで近付いてくることに疑問を持たなかったデュオは、子ヒイロに頬を舌で嘗められてびっくりする。
「わ、わわっ何だよヒイロッ!!」
デュオは慌てて顔を背けようとするが、そのまま子ヒイロの顔に目を奪われてしまう。
(…………わー、すげえ睫毛長いな…コイツ)
そして自然と瞳を閉じてしまう。
まるで子ヒイロからのキスを待つかのように。
そんなデュオに気付いたのか(否これもまた計算尽くだったのか)、子ヒイロはそっとデュオの唇に己のそれを触れさせた。
二、三度軽く触れさせただけで子ヒイロの唇はあっさりと離れていく。
その気配が遠のくのに気付いてデュオは目を開いた。
「……ヒイロ、オマエさあ、」
「…何だ?」
「オレとキスなんかしてさ、…気持ちよかったりする?」
後半にいくにつれ小声になっていったデュオの問いに子ヒイロは微笑んだ。
「ああ。デュオは嫌か? おれにキスされるのは」
「そ、そんなことねーよっ、そんなんじゃなくてさ、…今更だけど何でオレを気に入ってくれたのか…わかんなくて、さ」
デュオが顔を赤くして否定するのに、子ヒイロはおとなしく次の台詞を待つ。
「オマエだけじゃなくて、ここんちのヒイロはみんなさ、何でオレを気に入ってくれてんだろうなって…考えちまうわけだ。
 オレは別に自分の顔とか身体に自信があるわけじゃねえし、雇われるときに求められてた[話し相手]ってのにも不向きっぽいしさ。
 えっちの相手だってさ、……オレが何にも知らねえから今は物珍しさだけで遊ばれてんのかもなーって思ったりするしさ」
「……不安なのか?」
「不安も何も。…どう言えばいいのか、…なあヒイロ、何でオレがあんな簡単に雇われたのかオマエに聞いても良いか?」
「…簡単に、とは?」
「ぶっちゃけた話、雇い主に会っただけで決まるなんて思ってなかった。
 なのにどうしてあれだけで決まったのか、…知りたいんだ」





「……知らない。それをおれに聞くのは間違っていると思うが。
 最終的に雇ったのはおれじゃない、あいつだからな」
「…まーたあいつって言うし。父親をそんな風に呼ぶのは良くないぜ?
 それにさオマエ、オレが雇われると思ってたって…確かそう言ったじゃん」
「それは言ったな、確かに」
子ヒイロが事も無げにさらりと答える。
「だろ? それに何か根拠があったのかと思ってさ」
「さあな、あったかも知れないが…もう忘れた」
その台詞が嘘なのか本当なのか、子ヒイロのその表情からは計れなかった。
子ヒイロは黙ってデュオの顔をじっと見つめると、言った。
「…デュオは『偶然』と『必然』をどう定義する?」
いきなりなそんな質問にデュオは一瞬たじろいで、けれどすぐに子ヒイロの顔を見つめ返した。
「……何が言いたいんだよヒイロ」
子ヒイロは解けたままのデュオの髪を一房摘んで、その先端にキスをしながら静かに言った。
「おれは、デュオが今ここにいるのは『必然』なんだと思う」
「…『必然』?」
「そうだ、デュオがあのアパートを出なくてはならなくなったのも、絶妙としかいえないタイミングであいつが住み込み家政婦の募集広告を出したのも。
 みんなデュオがこの家に来るために仕組まれたことだとは思わないか?」
「…そんな大層な」
デュオはさっくりと否定する。
「オレじゃなくたって誰かは雇われるはずだったんだろ?
 こんな立派な屋敷、そもそも塀に張り紙なんてしなくても…………あ、」
そうだ、そうなのだ。
最初にあの張り紙を見たときにデュオが感じた違和感。
どんな素性の知れない人間が来るか解らないような募集を、こんな屋敷に住む主人が行うはずがないではないか。

まるで誂えたように目の前にあった張り紙。
そして面接とも言えない面接。
すぐさま荷物を運んで住み込むことが出来た不可思議さ。

それが一体何を意味していたのか。

「………おかしいだろう? そうは思わないか?」





「……う、おかしい、け、ど」
まるで子ヒイロに諭すように言われて、デュオの返答の歯切れが悪くなる。
考えたくなかったというか、気付きたくなかったというか。
デュオは自分に一体どんな価値があるのかなんて考えたことがなかったのだ。
人を好きになることも、人に好かれることも今までに何度かあった。
でもそれは果たして[自分でなくてはならなかったのか]がわからない。
けれど、今こうして目の前にいる子ヒイロやその父達を見ているとどうにも自分、[デュオ・マックスウェル]を求められているような気がしてしかたがないのも確かだ。

 そして心のどこかで戸惑っている。

「…デュオ? どうかしたか?」
無意識に俯いたデュオの顔を覗き込むように子ヒイロが首を傾げた。
それに対してデュオはちょっと困ったような笑みを浮かべてみせた。

 当主ヒイロにどんな思惑があったのかは解らない。

「……ヒイロ、あのさ」
「なんだ?」
顔を上げ、子ヒイロと目線をしっかりと合わせる。
「改めて言うのも変かもだけどさ、…オレを好きって言ってくれて嬉しい」
「………どうしたんだ急に」
「いや、何となく言ってみたかったんだ。
 んでオレもさ、このうちもヒイロたちも結構好きかもしんねえ。
 オレがここにいてもいいって言ってくれてる間は厄介になるよ」
デュオの突然の台詞に、子ヒイロは不可思議に思いながらも安堵した。
「…そうか。でもちょっと残念な気もするな」
「なーにがー?」
「デュオがここを嫌になって出ていくとでも言い出したら」
「…言い出したら?」
「俺も一緒に出ていこうと思った」
そう言って、子ヒイロがにこりと笑った。
「…ば、バカ言ってんじゃねえよ!」
「迷惑か?」
「争点が違うっ! …いいか? オマエはここの跡取りだろ??」
「それがどうした。あいつはまだ若いし叔父も二人いる。
 跡を取るのは俺でなくとも構わないだろう?」
顔を赤くして焦るデュオに対して、子ヒイロはあくまでも悠然と構えている。
(……早まったかも)
そうデュオが思ってしまうのにも無理はなかった。
しかしもう運命の輪は回り始め、速度を上げてきている。
デュオ自身が気付く頃にはもう抜け出すことなど出来なくなっているのだ。

………何も知らないのは、幸せなのかも知れない。





「…デュオ」
何だか頭の中がぐるぐるになっているデュオにヒイロは声を掛けた。
「な、何?」
まだ顔を幾分か赤くしたままデュオはヒイロの方に向き直った。
「食後の運動がわりに、ちょっと散歩に行かないか?」
「散歩? …ってどこを?」
「この家の庭でもいいが…それなら昼間の方がいいからな、…外を」
そういえばこの家に来てからはまだ一歩も外に出ていない。
出る暇もなかったけれど口実もなかった。
もっと言えば、出たいと思わなかったのだ。
だがこうしてヒイロの口からそんな提案が出てみると胸がわくわくする自分に気付いてしまう。
デュオは自分で解っているのかいないのか、表情を明るくさせていた。
「うん! 行きたい! …って、あ…き、着替えていい?」
流石にこの格好で出ていくのはちょっと。<バスローブ
「ああ、デュオが動きやすい格好で。おれはどんな格好のデュオも好きだが」
「…えっと、サンキュ」
………そんなこと、事も無げにさらりと言わないで欲しい。
「着替える間、廊下に出ていた方がいいか?」
「え? なんで。男同士なんだからいいじゃねえか」
「…おまえがいいならおれも構わないが」
多少歯切れの悪くなったヒイロにデュオはちょっと小首を傾げ、だがあまり気にすることもなくクロゼットを開けて中からシャツとジーンズを取りだした。
デュオはバスローブの紐を解くと、さらりと下に脱ぎ落とした。
何も身に付けない滑らかな裸体が晒される。
ヒイロはそのデュオの身体を斜め後ろから見るような形になる。
「……随分とたくさん跡が残ってるな」
ぽそ、とヒイロが小声で呟いた。
「…え、何か言った…? あと、って…うわわわっ!」
デュオは慌てて隠そうとするが、腕だけで隠せるようなものではなかった。
言葉通り身体中余すところなく当主ヒイロと2番目ヒイロの付けた所有の証が残っている。
すっかり忘れていた。
「別に慌てなくていい、知ってるから。…気にならないと言えば嘘になるが」
「……ごめん」
子ヒイロはそう言うが、確かに彼の自分への気持ちを知っていながらのこれは思慮が足りなかったとデュオは反省する。
デュオはなるべく急いでシャツを着、新しいトランクスとジーンズをはいた。
幸い首元と腕にはあまり跡は付いていない。
あくまで「あまりついていない」程度であるが。
「…着替え、終わったぜヒイロ。…行こうか?」
何となくぎこちなくなった空気の中、デュオは子ヒイロに歩みより、言った。
「………、」
小声で何かまた呟いたような子ヒイロの、何を言ったか解らなかったのでデュオはその口元に耳を近づけた。
「ヒイロ? 何…」
途端、デュオは首筋にしみるような痛みを感じた。
「…っつ!」
子ヒイロがデュオの首筋に吸い付いたのだ。
それに気付いたデュオはじん、と何か甘い痛みを感じ始めた。
「………ぁ、ヒイロッ…、」
ぞくん、と身体を震わせるとようやくヒイロの唇が離れた。
「じゃあ、出掛けるぞデュオ」
「…オーケイ」
何も言わない、何も聞かない。
微妙に縮まったような二人の距離に、デュオとヒイロはお互いに相手にわからないように口元を緩めた。





昼間快晴だった空は雲一つなく、酷く大きく赤いような月が煌々と地上を照らしていた。
「…うわ、でっけー月。今夜って、満月だっけ」
隣を歩くヒイロに問うでもなくデュオは何気なくそう言った。
だがヒイロは律儀に返答する。
この健気な子供はデュオの言葉を聞き流したりできないのだ。
「満月は明晩だ。良く見たら少しだけ丸みが足りないのが解るだろう?」
「へえ、そうかな。でも満月でもそうでなくても綺麗だよな」
「ああ。こうして誰かと並んで歩きながら見る月は余計に綺麗だ」
「…………、」
「? どうしたデュオ」
相も変わらず小首を傾げる姿は大層愛らしい。
が、やはりこの子供もあの家の血を引いているのだと良くわかる。
「…たらしって遺伝すんのかな」
ぼそ。
「……思ったことを素直に言っただけなんだが」
「だから〜、……血ってのは…争えないってことね…」
微妙に不機嫌になりかけた子ヒイロの頭をデュオはそっと撫でてやる。
背伸びをしたい盛りの子供はそれを振り払うかと思いきやおとなしく撫でられたままでいる。
「…意外」
その言葉の意味を察したのか、子ヒイロは俯き加減だった顔を上げた。
「…、これは、おれの、特権だから」
「特権?」
「そうだ。おまえは、デュオはおれが子供だから頭を撫でるのであって、他の奴の頭を撫でたりはしないだろう?」
「そりゃ、…まあ」
自分より年長な男の頭を撫でるなんてこと、よほど特殊な状況と相手の態度による。
けれどそんなことでさえ他のヒイロと張り合う子ヒイロは可愛い。
子供扱いされることよりも「自分だけに」される行為を求めているのだ。
それから二人は何故か黙ったまま歩き続けた。
暫く歩くと公園らしきものが見えてくる。
ここいらには高級住宅があるせいか治安が割合と良いらしい。
まだそんなに遅い時間でもないのに人影は見えず、砂場には子供が忘れたのであろう遊び道具が一つ二つ転がっていた。
時折吹く風に微かに揺れてキイキイ小さな音を立てているブランコに座るのは何だか陳腐に思えて、そのまま歩き続けて奥まった部分にある四阿に二人で入り腰を下ろした。
「…今の季節って、一番過ごしやすいよな」
「そうだな、今日は特にちょうどいい季候かもしれないな」
そしてまた沈黙が降りる。
静寂を心地よく感じはするものの、心のどこかでは場つなぎのための話題を探そうとしてしくじっている。
あまりに静かな夜の空気は、隣に座るヒイロの呼吸音や心音までもをデュオの耳に運んでくる。
そっと目を閉じると気持ちが凪いでくるのが解った。
つと、指先に何かが触れて、それがヒイロの手だと気付いたときには温かいその手のひらに自分の手が握られていた。
デュオはきゅっと手を握り返す。

ヒイロは、このまま時が止まってもいいと、そう思った。





へくし、とデュオが小さなくしゃみをした。
手を握り合って座り込んだまま、時間の流れるのを忘れていた。
冷えた夜気と闇がだいぶ色濃くなってきている。
赤く大きな月はまださほど変わらぬ位置から二人を照らしていたが、気温が落ちるのが早い。
子ヒイロはデュオの腕に触れ、その冷たさに漸く気付いた。
「…帰ろう、デュオ」
その口調には多分に心配の色が滲んでいる。
デュオはもう少しこのままいたい気がしたが、その子ヒイロの気遣いを無にしたくはなく、そっと息を吐いて立ち上がった。
「うん、じゃあ…帰ろっか」
手は繋いだまま、デュオが子ヒイロの手を引いた。
子ヒイロはともかく、自分の口からも随分と自然に[帰る]という言葉が出たのがおかしかった。
「何を笑っているんだ? デュオ」
「…秘密。さ、風邪引く前に帰ろうぜ〜、部屋であったかいミルクでも飲んでそれから一緒のベッドで寝よ? な?」
デュオはそう言うとにっこり笑う。
すると途端に子ヒイロの顔が赤くなった。
「………わかった。おまえも、はぐらかすのが上手になったな」
「あはん褒め言葉ー? やだやだ人の言葉の裏探ろうなんてv」
デュオの冗談めいた言葉は、けれどとても楽しそうで。
繋いだ手をぶんぶんと振り回すものだから子ヒイロは慌てて制止する。
「デュオッ」
ふと、デュオが街灯と街灯の中間辺りの薄暗い路上で立ち止まった。
「オマエの手って、あったかいのな」
「……デュオ?」
「なーんか、妙に懐かしいってゆーの? そんな感じ」
「…………」
子ヒイロはただ黙っていた。
それは、デュオがまだ語ってくれていない過去のことに関係するのだろうか。
出来ることならばデュオのことを全て、何もかもを知りたい。
そういう思いを、子ヒイロは胸の奥の方に宿した。
「わりわり、さ、今度こそ真っ直ぐに帰るかー」
「…ああ、」

帰宅してデュオの部屋に入ってみると二人分の夜着が用意されていた。
これには顔を見合わせての苦笑を禁じ得ない。
そして、別々にシャワーを浴びてほかほかになった身体でベッドに潜り込む。
向かい合う形で横になり、さっきと同じように手を繋いで。
「おやすみ」
そう言い合って、眠りに就いた。





なんだかとてもいい夢を見ていた。

あたたかい、やわらかい、何かに包まれているかのような、優しい夢。
明け方に一度目が覚めて、向かい合って寝たデュオの顔がすぐ前にあるのに自然と笑みが零れた。

愛しい、と思う。
嬉しい、と思う。

そのままじっと見つめていたい気がしたが、夢の続きを見られるかと思って子ヒイロはもう一度眠りに就いた。



「ほーら起きろ寝ぼすけ。学校に遅れちまうぞ〜?」
「…う、」
その声と同時にカーテンを思い切りよく開けられて、眩しさに目がくらむ。
普段は寝起きがいいのに何故か今朝は布団が恋しかった。
デュオの香りがするからかもしれない。
「…おはよう、デュオ」
「おはよーさん、ほら、タオル。顔だけでもこの部屋で洗ってけよ」
「ああ、そうさせてもらう。…デュオはいつ起きたんだ?」
「ん、1時間くらい前かな? 可愛い寝顔、堪能させていただきましたv」
「…っ!」
にやりと唇の端が上がるのに、子ヒイロはデュオの胸元を掴んで引き寄せた。
「わっ、こら…」
開きかけた唇に舌を差し入れ、デュオのそれを味わう。
さすが先に起きていただけにキスは歯磨き粉の味がしたが、子ヒイロはディープなヤツをそのままデュオの息が苦しくなるまで続けた。
「…ぷは、…っおい、ヒイロ…ッ!」
「………魔除けだ」
「魔除け?」
「悪い虫が付かないように唾を付けておいたんだ。…無駄とは思うがな」
悪い虫、とは子ヒイロ以外の三人のヒイロのことを指すのだろう。
だがどう考えてもあの三人の方が強そうだ。
子ヒイロの言い方に自信がなさそうでもそれは仕方のないことかもしれない。
「んなこと言ってさ。キスしたかっただけじゃねえの?」
照れ隠しにか、茶化すように言ったデュオに子ヒイロは微笑む。
「そう取ってくれてもいい。いつでもデュオにキスしたいのは本当だから」
「…う゛」
………勝てない。
だが際限なくいつまでもここでらぶらぶしているわけにもいかず。
後ろ髪を引かれる子ヒイロはそれでも渋々自室に戻り、デュオのお見送りを受けながら学校へと向かった。

だいぶ子ヒイロに絆されたようで、妙にもの寂しい気がするデュオだった。



子ヒイロの後ろ姿がだんだんと小さくなるのを見送り、とうとう見えなくなってデュオは一つ息を吐いた。
そしてくるりと屋敷の方へと振り返る。
「おはよう」
「……!!!!」
いきなり視界いっぱいににこやかな極上の微笑が映った。
デュオはあまりのことに口をぱくぱくさせている。
「…なんだ、そう驚かれるとどう返していいかわからなくなるだろう?」
「………黙って人のすぐ後ろに立ってないで欲しいんだけど」
はー、とデュオは溜息をついた。
言っても無駄だろうがこの男には。
「ヒイロ、珍しいんじゃねえの? こんな早くに起きてるなんてさ」
デュオは両手を腰に当てて、ちょっと皮肉にそう言ってみせた。
2番目ヒイロはそんな言葉を聞くのすら楽しそうだ。
「ゆうべ、おまえとあの小さいのが外に出ていくのが窓から見えた。
 てっきり駆け落ちでもする気なのかと思っていたんだが…」
「…か、駆け落ち…」
「だが何事もなく帰ってきたようで何よりだ。
 夜中のお子様デートは楽しかったか?」
「…あんたにゃ関係ねえじゃん。でも、…楽しかったよ」
返事を返しながら、デュオはいつもの彼らしくなさに少々戸惑った。
「そうか」
何だろう、何故か元気がないように思える。
「…どうかした? 体調でも悪いのか?」
「何故そんなことを聞く?」
聞き返されて、デュオは言葉に詰まった。
確たる理由があるわけじゃない、ただ、…ただ不意に。
「………いつもみてーなフェロモンが出てねーから、」
「心配してくれるのか」
「…っ違…!」
違わない、違わないがそういう言い方をされると反論しか出てこない。
「…デュオ、」
顎に手を掛けられ、ほんの少し上向かされる。
ああ、口付けられるんだ、そう思ったら自然と瞳が閉じた。
「………ん、…っ」
朝っぱらから、しかもこんな天気のいい日に玄関先でキスされるなんて。
けれど甘いはずのそれは何故か、切ない感じがした。





唇が離れてゆっくりと目を開くと、まだ真正面に顔があった。
「…ぅわ、」
こんなにも間近で見ると、憎たらしくなるくらい整った顔だ。
「ヒイロ?」
「何でもない。ちょっと、な」
踏み込まれることを嫌ったのか、そう言ったヒイロは少し屈めていた腰を伸ばし、目を逸らした。
「何か後ろめたいことでもあんのかよ?」
「いや? こんなに清廉潔白な男も珍しいだろうが」
「…どこが」
デュオがそう返すと、ヒイロは楽しそうに笑った。
「デュオ、おまえに対する気持ちだけは真摯だと覚えていてくれればいい」
「…………へいへい」
何となく、それだけなら認めてもいい気がした。
(…ったく、いくつの時からこんなたらしな台詞を使ってるんだろうな)
ちょっと考えてしまうデュオだった。
「あ。」
「何だ」
「だからさ、最初に言った台詞の答え、まだ聞いてねえけど」
「…ああ。今日は少々用事があってな。今から出かけるが夜には帰ってくる」
「へえ…行ってらっしゃい〜」
「おまえも行くかデュオ? ドライブがてら」
「遠慮しときますv」
即答するデュオにヒイロは口の端をあげて笑んだ。
「何だ、つまらないな。色々初めての経験をさせてやろうと思ったのに」
「…だからだよ」
ぼそ。
「カーセックスも青姦も楽しいんだが…。じゃあ、またの機会に」
「今も後も未来永劫そんな機会は来ねえよ」
ああ駄目だ、この男と話していたらツッコミのレベルが上がってしまう。
ふと気付くと、先程の元気のなさがまるで嘘のようだった。
(思い違いか?)
けれどデュオは自らの生い立ちゆえか、人の心の機微には聡かった。
「なあヒイロ、あんた何か思い悩んでることあんの?」
「何を?」
「そんなのわからねえよ、だから聞いてんだろ」
「正しく正論だな。だが俺が悩みを言うとしたら…ベッドの中でだけだ」
そう言ってヒイロは形のいいデュオの尻をするりとなで上げた。
「…!!!」
「心配なら夜、俺の部屋に忍んでこい。可愛がりながら話してやる」
行かねえ!…そう言いかけたデュオの口は再びヒイロに塞がれた。
今度は長くて熱いディープなやつで、解放されたときにはデュオの腰も思考もへにょへにょになっていた。
思わず芝生の上にへたり込んだデュオに、ヒイロは頭をくしゃりと撫でるようにして、そしてカーポートの方に向かって歩いていった。





そのヒイロが乗った車を見送りながら、デュオはふー、と息を吐いた。
2番目ヒイロのことは気になるが仕方ない。
一人で彼の悩みとやらを考え想像したって無駄なことでしかない。
ベッドに忍んでいく気はないが、何にしろヒイロが帰宅してからの話だ。
デュオはよいせ、と立ち上がり、服に付いた芝生をはたき落とした。
「…さあて、」
子ヒイロが学校に、2番目が車でどこかに出掛けたからには現在家にいるのは当主ヒイロと3番目だ。
当主ヒイロはともかく、確か3番目を見送った覚えはない。
まずは彼を起こしに行く。
それが取り敢えずのデュオの仕事だった。



「遅い。何時だと思っている」
「……………スイマセン」
そういえば。
初日に起こすよう言われたときに最初に起こしたのは3番目の方だった。
それなのに子ヒイロを見送るのですっかりと忘れていた。
(…ってゆーか、いい年して、自分で起きやがれってんだよ)
「……今後、気を付けます」
内心思っていることとは裏腹の台詞を項垂れながら口に乗せる。
「そうだな、…だが今日は学校に行く気がしなくなった。
 責任は取ってくれるんだろうな?」
にやり、と一瞬邪悪に笑んだように見えたのは気の所為か。
ついでに3番目ヒイロの背中に黒い羽根が、そして黒いしっぽが見えるのも気の所為なんだろうか。
「…せ、責任、ってなに?」
聞きたくない、そりゃもう全然これっぽっちも聞きたくないが聞かないことにはこの場はこのままだ。
ついでに答えも解ってしまっているなんて…言いたくない。
「言わなくても、わかっているんだろう?」
にっこり。
「べ、勉強は苦手だったけど、…一緒に、予習とか復習とか、するんなら」
そういえば同い年だったっけ、と思い出す。
デュオ自身は学校に通ったのが中学3年まで。
取り敢えず生きていくのに大した支障はないが、3番目は高校に通っている。
しかもこの家の人間は誰も彼も酷く頭が良さそうだ。
そんな相手と一緒に自分が勉強したってしょうがないような気がする。
「かまととぶっているのか、それとも天然か?
 デュオおまえ、もう俺以外の3人とはセックスしただろう?
 俺だけが除外されるのは可哀相だとは思わないか?」
…思わねえよ。
すい、とヒイロがデュオに近寄る。
デュオと3番目ヒイロの体格はさほど変わらない。
デュオの方が若干背が低くて細いように見えるが、大きな差異はない。
(…ど、どどどうしよう)
目を合わせたまま逸らせなくて、デュオはヒイロが背後に隠し持ったものに気付けなかった。





「…デュオ、」
ふ、とヒイロの表情が和らいだ。
とても澄んだ目だと言っていい程に邪気のない微笑み。
「俺が、嫌いか? それともただ、怖いだけか?」
「……え、ヒイロ、何、を」
思いがけず漏らされた切な気な口調の台詞にデュオは動揺した。
それは先刻の2番目ヒイロの態度とだぶるところがあったからかもしれない。
そしてその一瞬出来た隙を見逃さず、3番目は右の腕を伸ばしデュオの首を後ろから支えるようにした。
「…ヒイロ?」
デュオはその行動に首を傾げた。
戸惑いながらもキスをされるのかと、そう考えたのだ。
にやり、と3番目の口の端が上がる。
その瞬間、デュオの首筋にちくんとした痛みが走り、デュオの身体はがくりとくずおれるように膝を付いた。
ヒイロはそのデュオの身体をそっと抱き上げた。
同じような体型でもその行為は酷く容易く見え、やはり鍛え方の違いを思わされるものだった。
「………ゃ、ヒィ、ロ…」
弱々しい声がまるで媚を含んだような甘いものに聞こえる。
力が入らなくなったのは身体だけで、意識はどうやら覚醒したままらしい。
デュオは指一本動かそうとするだけでぴりぴりとした痺れを感じた。
ヒイロはデュオの身体を抱き上げたままベッドの方には向かったが、その上に横たえるようなことはせず、ベッド脇にあるソファにデュオを座らせた。
そして痺れたまま身体を動かせないデュオの左手を手に取って、薬指の付け根に恭しく唇を触れさせた。
ぴくん、とデュオが身体を反応させた。
だが、少しずつ痺れ自体は収まってきたようだった。
しかしその代わりに意識は重怠くなってくる。
酷く周りの空気の流れが緩やかになっていくような感覚に身を委ねようとしてヒイロの声にそれを中断させられた。
「デュオ、聞こえているか?」
「………ん、…なに…?」
ソファの背もたれはどんな材質で出来ているのか、まるで羽毛のような柔らかさでデュオの重みを受け止めている。
ふわふわと意識が現実と夢の狭間をたゆたい始めていた。
そんな中に聞こえるヒイロの声はとても耳に心地が良かった。





「……デュオ、」
微かな声で名を呼ばれると、背筋がぞくりとした。
ヒイロの手に取られたままのデュオの左手は、ただ力無く預けられている。
柔らかなソファの質感はデュオの意識をからめ取っていく。
ふと、ヒイロはデュオの左薬指を口に含んだ。
「………ゃ、…だ」
生暖かい感触がぬめりをもってデュオの指を包み込む。
痺れはもう殆ど消えたものの、どこか鈍くなった感覚で視界だけがクリアになっていた。
ヒイロの口内に取り込まれる自分の指。
紅い舌がまるで浸食するようにそれを包み込んでいく。
指の付け根を、まるで指輪が填っているかのように歯形を付けられる。
痛みが弱い分だけ現実感のない光景だった。
「…もう、だいぶ感覚がなくなってきたみたいだな」
ぼそりとヒイロが呟く。
デュオは重くなりかけた瞼をその言葉によって開き、ヒイロを見つめた。
「……何した…んだ?」
「性的な興奮はないだろう? 一番上のが使ったのとは違う薬だ。
 少々力が抜けて思考能力が落ちるだけの、な」
「…一緒じゃねえ…か」
どちらも、自分の身体を好きにしようとしているのは同じ。
そう言いたかったのに、口を開くのも億劫になってそれだけを何とか答えた。
「そう思っているならそれでも構わないが。
だが薬効で上げていない分、本来のおまえの感度をはかれるだろう?」
「……………勝手なこと、を」
「デュオ」
ヒイロがデュオの名を呼んで、その眼前に左手を広げた。
その途端、しゃらん、と金属が擦れる音がして、金色のコインが付いた鎖がヒ色の手から零れ、揺れた。
デュオの視線は吸い寄せられるようにそのコインに釘付けになる。
「コインが揺れる。5つ数える。おまえは自分から服を脱いでゆく。
 そうしたら何でも望むことを、そのとおりにおまえにしてやる。…1,」
抑揚のない口調のその声が頭の奥の方で響く。
デュオは揺れるコインを目だけで追いながら、言われたとおりに服を脱いでいった。
逆らおう、という気が起きない。
言われることをただ聞くのが当然のように思えていた。

至極ゆうるりと5まで数え終えられた時にはデュオは全裸になっていた。





あられもない姿を晒している。
けれど羞恥心は怠惰な気持ちに負けてしまって、もう何もかもがどうでも良くなっていた。
眠くはないのに重く感じる瞼をかろうじて開けている。
上手く焦点を結べないのが意識の覚醒を阻んででもいるかのようだ。
「…デュオ、」
名を呼ばれて、ひくん、と喉が鳴る。
声に、そしてその響きに反応してしまう。
「気分はどうだ? 気持ち悪くはないか?」
視界の中にヒイロの気遣うような表情を見て取って、デュオはゆっくりと首を横に振った。
気分は悪くない。
ただ、何もかもが鈍く現実感が薄い。
まるで夢を見ているかのような、そんな頼りない感覚。
「そうか、それならいい」
そんな台詞が酷く優しく聞こえた。
できるならこのまま意識を揺られていたいと思った。
ヒイロのこの声音に酔うように。
「…デュオ」
また、名が聞こえ、デュオは顎に指を充てられ上向かされるとヒイロの唇に己のそれを合わせられていた。
「……ん、ぅっ…」
知らず貪欲に求める。
生暖かい舌がリアルな感触をデュオの口内に与える。
舌先を絡め合い、何度も何度も啄むような、食み合うようなキスを繰り返す。
「ふ…んぁっ……ん…」
飲みきれない唾液がデュオの喉を一筋伝い落ちた。
ヒイロの唇は名残惜しそうにデュオのそれを離すと、伝った滴を舌で嘗め上げた。
びくりとデュオの身体が揺れる。
「素直になると、気持ちがいいだろう?」
そう言いながらヒイロは緩く勃ち上がりかけたデュオのものにそっと触れた。
熱を持ち始めたそれは、ヒイロの手にくるまれるとその存在を主張するようにひくりと蠢いた。
やはりそれでも恥ずかしさは感じなかった。
デュオはぼんやりと握られたその箇所を見つめていた。





きゅ、と先端から付け根の方に向かって握られる。
「………ん、…っ……」
内蔵を直に掴まれるような、それでいてどこか頼りない快楽が回る。
眉根を寄せたデュオの表情を見て、ヒイロは今度は優しい動きで煽るようにそろりと上下に撫でさすった。
するとデュオは無意識にゆっくりと目を瞑った。
視界を閉ざすと感触がより細やかに感じられるとでも言うように。
「………ぅ」
ゆるゆると撫でられる動きに、デュオのそれはヒイロの手の中で育っていく。
そして直にとろりと先端から透明な液が染み出してヒイロの手を濡らした。
ヒイロはソファに足を開いた状態で座っているデュオの間にしゃがみ込み、だいぶ堅く育ったそれを口内に取り込んだ。
「……っ!」
すると流石に身体を強張らせたデュオが足を閉じようとする。
が、そんなことなどお構いなしにヒイロはまるで愛しいものを舐めるかのように粘質的にそれに愛撫を与えている。
「…ぅあっ…ぁっ、あ、ゃだ、…や、だっ……」
過ぎる快感に、デュオは力の入らない四肢でどうにかその責め苦から逃げようとした。
じゅっ、とヒイロの口から湿った音がする。
「っや…っ!!」
デュオの手がヒイロの髪の中に差し入れられ、引き剥がそうとして、けれどそれはすぐにただ添えられるだけになって。
はち切れんばかりに膨らんだその根元を押さえ込んで、ヒイロは一旦口を離し先端にキスをして再びくわえ込み、ちっ、と吸い上げた。
「…あ、あ…あっ、ヒイロ…ッ…!」
抑えきれない衝動に、強引に身を委ねさせられる。
びくんびくんと身体を跳ねさせ、全てをヒイロに奪われた。
あまりの開放感に、涙が零れる。
「…………ゃだ、って…やだ、も、…や…っ」
「……デュオ、まだまだ、…これから、だろう?」
力が入らないのがもどかしく、言いしれぬ恐怖さえ芽生えさせた。
「………ふ、…ぅ…ぇ…」
デュオはまるで子供のように、泣きじゃくり始めてしまう。
「…怖いのか?」
そんな、優しい音で問うのは、ずるいと思う。
怖いなんて、言いたくない。
「…そんなに、嫌なのか?」
嫌だなんて、…例え思っても言いたくないと考えているなんて。
自然と、涙は止まる。
そして、覗き込んでくるヒイロの顔を、じっと見上げる。
どこか切ないような表情をしている彼を可愛いと感じてしまう自分はきっと甘い。
デュオは重怠い腕をゆうるりと上げて、ヒイロの肩に掛けた。
「…怖くも、…嫌でも…ねえ、よ」








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