タマゴ






有翼種のヒイロ・ユイ(17)はある日、森の中であるものを拾った。

ヒイロは森の奥深くに住んでいて、偶に見回りのようなことをしている。
そんな日常の中、動物達が何故か集まっている箇所を不思議に思って近寄って みると1つの[タマゴ]があった。
ぱささ…と鈴の鳴るような小さな音を立ててヒイロは羽をたたむ。
間違いなく、タマゴだ。
ただその形状は普通のものと少々異なっていた。
一抱えもあるかなり大きなタマゴで、うっすらとピンクがかっているのだ。
触れてみると微かに温かい。
さわ、と一撫でしてみた。
動いたような気がする。
それどころか、中のモノが喜んでいるような気さえする。
「…………?」
タマゴの周りに集まっている動物達が困惑気にヒイロを見つめる。
ヒイロは溜息を付く。
「…わかった。ここに置いておくわけにもいかないからな…」
不審に思いながらも、ヒイロはそのタマゴを抱き上げ、羽を広げた。
こんなモノを放置しておくわけにもいかない。
中で何かが生きているのなら尚更だろう。
何か対策を講じるにしても一時帰宅してからだ。

ヒイロは大事そうにそのタマゴを抱えなおして、羽ばたいた。



森の奥深くの一軒家。
ヒイロは大事そうにタマゴを抱えたまま、そっと降り立った。
扉を開け、家の中に入る。
陽光のあまり差し込まなくて少々暗い、けれど涼しくて快適な家だ。
中はかなり殺風景で、必要最低限のものしか置いていない。
ヒイロはタマゴをベッドの上に置いた。
「…………」
どうしたものか。
動物達が困惑気ではあったが、不安そうではなかったところからすると、中の 生き物は悪いものではないのかもしれない。
野生の動物は大概そういうものには敏感であるのだ。
コン☆
曲げた人差し指で殻をノックしてみる。
応答はない。(あったら怖い)
とりあえずは冷えないように毛布を掛けてやる。
「……………あとは…」
どうしたら、いいんだろう。
ヒイロは途方に暮れてみる。
何しろ、こんな事態は初めてだ。
ヒイロは、タマゴの傍らに横たわった。
さわさわと撫でてやると、やはり嬉しそうだ。
「………嬉しいのか?」
何だか、不思議な感じがする。
まるで意思を持っているかのようなタマゴ。
タマゴを抱いてみると、人肌程度に温かい。
その優しい温かさに引き込まれるように、ヒイロは眠りに就いてしまった。



ヒイロは何度か夜中に目を覚まし、その度毎にタマゴの様子を見た。
そっと触れてみるとやっぱり温かくて、ヒイロは安堵の息を洩らす。
「………いつ、孵るものなんだろうな…」
独り言のように、小声で呟く。
中から動く気配はなくて、ヒイロは改めて毛布を掛け直した。
中には何が誕生を待っているのだろう。
鳥だろうか、それとも陸の生き物だろうか。
ヒイロは少しわくわくしながら、タマゴに寄り添って、また眠りに就くのだっ た。



朝。ヒイロの起床時間は早い。
小鳥達が鳴き出すのとそう変わらない時間に目を覚ます。
普段なら。
昨夜は少々興奮していた所為か、いつもより少し遅かった。
「…………ぅ……」
ヒイロは無意識にタマゴの所在を確かめようと腕を伸ばした。
「……?」
タマゴの真ん中辺りに触れる高さで腕を伸ばしているはずなのに、ヒイロの腕 は虚しく宙を切る。
(………もしかして、落としてしまったのだろうか!?)
そして今度はもう少し下の方を探った。
ふにょ。
柔らかいものが手に当たる。
「…!!!?」
急にヒイロは起き上がって横を見た。
そこには。



すぴすぴ。すぃよすぃよ。くーくー。
どの寝息がぴったりとくるものか、すやすやと寝こけている姿があった。
ヒイロには背を向けるような格好で寝ている。
少し長めの亜麻色の髪と、白い肌をした子供だ。当然、素っ裸である。
ヒイロは呆気にとられ、呟くように言った。
「………人型?」
ヒイロの今までの経験上、卵の形をしたものから自分に似た、つまり人型をし た生き物が生まれてきたことなどなかった。
しかも赤ん坊と言うよりは少々育っていて、大体3歳くらいかと予測される。
ヒイロは困惑した。
自分の持ち帰った[タマゴ]から推定3歳の人の子が生まれた。
これが例えば動物なら、姿形の似たもののような育て方をすれば間違いないが それがよりにもよって[人型]だなんて。
「……どうすれば…」
そしてこの子供が昨夜まで入っていたであろうタマゴの殻は床に落ちていた。
子供の後ろ頭にも細かいタマゴの殻が付着している。
やはりこの子が件のタマゴから生まれたことは事実らしい。
「……………」
ヒイロは現実逃避をするかのように1つ1つ欠片を取っていく。
その行為によって首筋に触れる髪がくすぐったいのか、子供は目を覚ましたよ うだ。
ううん、と伸びをして子供はゆっくり起きあがり、ヒイロの方に向いた。



その子供は、空色のくりくりの大きな瞳をしていた。
「……………?」
つぶらな瞳でヒイロを見つめた後、小さく首を傾げた。
そして唐突にヒイロの方ににじり寄り、よろよろと伸びをするようにヒイロの 肩に掴まるようにして、ほっぺたにちゅーをした。
「…!?」
子供はにこにこと笑っている。
呆けていたヒイロはそれでも何とか正気に返って、未だ裸のままの子供をタオ ルケットでくるんでやった。
子供は嬉しそうにまた笑った。
「………ヒ、イロ」
「…………どうして…、」
子供は確かにヒイロの名を呼んだ。子供特有の可愛らしい声で。
「…デュオ」
それからまた、一つの名前らしき単語を綴った。
「デュオ? …おまえの、名前か?」
こくこくと[デュオ]が頷く。
「………デュオ」
呼んでやると、幸せそうに笑む。
それに呼応するかのように、ヒイロの気持ちは何だか温かくなる。
………ふぅ。
ヒイロは小さく息を吐いた。

結局。
わけのわからないまま、ヒイロは[デュオ]を育てることになったのだった。



デュオはすくすくと成長した。
それは誇張でもなんでもなく[すくすくと]成長していった。
異様なほどの速度である。
1日1歳(推定)、年を取っていくのだ。
なので、3日経った今日は6歳(外見)程に育っている。
ヒイロはしかし特に気にした風もなくデュオと暮らしていた。

「なあなあヒイロ、コレなんて花?」
「…ああ、それはプリムローズだ」
「へえ、ヒイロやっぱ物知りだなー」
きゃわきゃわとはしゃぎ回るデュオを諫めながらヒイロは後を付いていく。
「花は摘むんじゃないぞ、生態系がくるうからな」
「わかってるよー、綺麗なんだから摘まないよーだ」
「……デュオ」
「何なにー?」
「おいで」
ヒイロは大きく腕を拡げる。
「うんっ」
デュオは嬉しそうに抱きついていく。
愛しい子供。
ヒイロはデュオに惹かれていく自分を認めずにはいられなかった。
こんな、僅かな時間で。
こんなにも、かけがえのない存在に。



ヒイロがデュオのタマゴを拾ってから1週間が過ぎた。
デュオの背丈はだいぶ伸び、ヒイロの胸元くらいに頭がある。
ヒイロの身長を172pと見て頭一つ半くらいの差であるから、まあだいたい 125pくらいだろうか。
すっかり生意気な口をきくようになったデュオに、それでもヒイロは楽しげに 毎日を過ごしている。
時折、デュオが何かを考え込むようにしていたりするのが多少気に掛からない でもなかったが、そんなことは些細なことである。

なにはともあれ、10歳(推定)になったデュオ。
「……いてて。……なあヒイロ、ちょっと背中見てくれないか?」
着ていた上着をぽいと脱ぎ捨てると、デュオはヒイロに背を向けた。
「…どこらへんが痛むんだ? …この辺か?」
ヒイロがデュオの背の真ん中あたりに触れると、デュオは身体を震わせた。
「………ん、そこいらへん…っ…」
デュオが痛みの所為か、息を飲む。
その声が酷く悩ましげに聞こえて、ヒイロの動きが一瞬止まった。
そしてそれからすぐにはっと我に返った。
背に触れている指先から振動が伝わる。
「……っ、ぁああっっ…、ん…っ!!」
デュオが悲鳴のような声を上げた。



自分で自分の身体を抱き締めるような形でデュオが痛みを堪えている。
ピシッ!!
デュオの背に触れていたヒイロの手に一際強い振動が走る。
ビシビシビシッッ!!
その大きな音に合わせてデュオの背中の真ん中から[羽]が生えた。
「……、デュ、オ…ッ」
ヒイロのものよりは幾分か小さいが、それでも確かに[羽]だった。
はぁはぁと、デュオは肩で息をしている。
デュオの[羽]は[タマゴ]の色と同じ、うっすらとピンクがかっていた。
「………ふぅ。……やぁっと、落ち着いたぜ…」
ぱたぱたとデュオは[羽]を羽ばたかせてみる。
ヒイロは訳も分からずにその様子をただ見ていた。
「……ん? どしたヒイロ? オレに[羽]が生えたのが不思議?」
デュオは振り返り、ヒイロに微笑んだ。
「…オマエの[羽]が生えたのもこんくらいの歳じゃなかった?」
「……そうだ、が…何故、それを」
戸惑った様子のヒイロに可笑しそうにデュオが続ける。
「オレも、ヒイロとおんなじなんだよ。
 ヒイロとおんなじ…オトナになったから[羽]が生えたんだ」



「………大人? どういうことだ? それに『同じ』というのは…」
「…何から説明すりゃいいかなあ…。……うーん。
 あのさヒイロ、この森にはオマエ以外の人型っていないだろ?
 つまりオマエを産んだかーちゃんとか仲間とかって、ここの森の生き物では ないってことなんだよ。………そこまでは、わかるよな?」
「……まあ、な」
ぱたぱた。デュオの羽ばたきで微かな香りが漂う。
その香りはヒイロの鼻腔を擽って、不思議な感覚を覚えさせた。
「で、だ。こんな風に羽があるからには、オレたちは地上の生き物じゃない。 実はまあ、言っちまうとオレもオマエも『上』の生き物なんだ」
「『上』?」
「そう、『上』。オレたちは本当はタマゴからは生まれない。
 オマエを産んだかーちゃんは、オマエを産んですぐ死んでしまった。
 そしてオマエも何故か行方知れずになった。
 ようやく探し当てたときにはオマエはもう成人してしまってた」
「…羽が生えることか?」
「そ。成人したからには嫁を娶りたいだろうという、『上』の長老達の意見で オレがそのお相手に選ばれたってワケだ」
………後半の話がえらく一足飛びだったような気がするが、ヒイロにはそんな 細かいことを気にする精神的余裕はなかった。
「…………嫁?」
「うん、嫁」
デュオはヒイロにとびっきりの笑顔を見せた。



「……嫁、とはなんだ?」
ヒイロは首を傾げた。本当に知らないようだ。
「…あ、そっか。そこから説明しなきゃなんないのか」
人型と会うこと自体が希有だったヒイロに、一般常識だなんだと言っても始ま らない。デュオは一度深呼吸をした。
「嫁ってのはさ、ずっと一緒にいてくれる人のことだ」
「ずっと…一緒に? いてくれるのか、デュオ」
ヒイロの瞳がデュオを映している。吸い込まれそうに深い蒼。
「ああ、ずっと一緒にいてやるよ。オレが」
「じゃあ、俺はおまえの嫁になるのか?」
「う゛。……そ、そういうことになるよな。今までの話からすると」
ヒイロの思考回路には『嫁』イコール『ずっと一緒にいる相手』とインプット されてしまったらしい。
デュオはまあいいか、と思う。
「な、ヒイロ。オレとずっと一緒にいてくれるよな?」
「おまえがそう、望むのなら」
ヒイロの返事に、デュオは極上の笑みを浮かべる。
「オレのこと、好きか?」
「…好き、だ」
照れくさそうにヒイロが言う。
「じゃ、オレがオマエの子供、産んでやるから。
 絶対絶対、オレのこと幸せにしてくれな」
「……あぁ、わかった」

実の所、ヒイロには『デュオが子供を産む』意味がわかるわけではなかった。
ただ、幸せにしてやりたい、一緒に幸せになりたいという気持ちはわかったの で頷いたのだった。



「…な、ヒイロ、キスしていい?」
「…………あぁ」
デュオが上目遣いでヒイロを見つめる。
凶悪なまでの可愛らしさだ。
ちゃんど自分がヒイロの目にどのように映っているのかを理解しながらやって いる。知能犯だ。
けれどやっぱりどうしてもヒイロはデュオには弱い。
乞われるまま、瞳を閉じてデュオからのキスを待つ。
何だか、初めてのキスのように鼓動が高鳴る。
…ちゅ、と柔らかなデュオの唇が触れて、僅かに首を傾げて口付けを深くして いく。
「………、ん…っ…」
吐息が漏れる。…どちらの、吐息だろう。
デュオは唇を離した。
どきどきと同調していた鼓動も、離れることによって落ち着きを取り戻した。
…ふと。ヒイロは疑問を口にする。
「…デュオ、おまえの本当の年齢は幾つなんだ?」
至極尤もな疑問である。



「……幾つだと、思う?」
楽しげに、口の端を少し上げつつデュオが問いかける。
「…………わから、ない…」
逡巡ののち、やはりヒイロにはわかるべくもなかった。
申し訳なさそうに、デュオを真っ直ぐ見つめた。
「あのな、」
「…ああ」
「実は、ヒイロ、オマエとおんなじ日に産まれたんだ。
 嘘じゃないぜ…本当に、そうなんだ」
「……本当か?」
「オマエ騙してどーすんだよ。
 オレとオマエは同じ、オレたちの世界の年齢で17歳になったところさ」
(……同じ、年齢??)
ヒイロは首を傾げる。そして疑問をデュオに問う。
「…それは、おまえがこんなに急成長したことと何か関係があるのか?」
「そうそう♪」



「……………?」
わけが、わからない。
「あのタマゴは実は、乗り物だったりするんだよ」
「…乗り物……」
不審だ。不審すぎる。
「オレたちが普通住んでる所からここまでって…結構遠い上に色々生活条件も 違うワケでさ。だからその順応性を高めるのにも役に立ってるんだけど。
 ただ、そのサイズがちっちゃくってさー…」

つまり。何らかの方法で身体を小さくして、[タマゴ]で降りてきた、と。

「本来なら17歳の姿のまんまで降りてきたかったんだぜ、オレだって。
 でもまあ、この姿にだってメリットがないワケじゃないし」
「…メリット?」
もう既に、オウム返しのような返事しかできない気の毒なヒイロである。
「オレたちの世界では[羽が生える]ことが[大人]になった証拠なんだ。
 つまりだ、受精可能になったってコト」
にこにこにこと、事も無げにデュオが言う。
「……で、どうせ受精可能になったんなら、このサイズででも試してみたいと 考えた!」
「………その…サイズで………」
まだ10歳の、まだ成長途中の子供の身体と[子作り]を。
(ヒイロは子作りの方法は知っていたりする。結婚とか嫁は知らないくせに) しかもそんなに嬉しそうに。
「タマゴから出ちゃったらさ、1日1つ歳を取ってくんだ。
 だからヒイロ、10歳のオレの身体とできるのは今日だけなんだぜー」

………ここで小さく溜息を吐いたヒイロを責められる人はいないであろう。



「……あっ、でもでも」
「…………まだ何かあるのか?」
ヒイロは小声で問う。デュオの態度が不審なままだからだ。
「オレが子供を産むためにはとある[アイテム]が必要なんだよ」
ほら、やっぱりだ。イヤな予感ばかりが当たる。
もうだいぶ疲れてきたヒイロが、それでもやはり律儀に問うた。
「……………[アイテム]?」
「そう。オレらの種族って特殊でさあ、ただヤるだけじゃ孕まねぇワケ。
 そのために必要なのが!」
「必要なのが?」
「………やっぱまだ内緒〜」
くすくすと、デュオが小悪魔的な笑いを零した。
「………わかった、もう聞かない」
「まあね、いずれわかるし、今日はこのままえっちしたいな〜とか…」
「……明日では駄目か?」
「えぇっ。なんで」
「………一度にたくさんのことを聞いたから…疲れた」
「…つまんねぇの。じゃ、明日、約束なっ!」
………そして強引に[指切り]をさせられたヒイロだった…。(←気の毒)



翌朝。
ほんの少し成長したデュオ(11)はヒイロの目覚める前に起きた。
そして隣に眠るヒイロのキレイな寝顔を見て、幸せに浸る。
「…ヒイロ」
小声で、ヒイロの名を呼ぶ。

ずっと逢いたかったんだ。
一緒の日に産まれた、オレのただ一人の相手に。
[長老]達の決定が降りるまでもなく自分で決めてた。
他の誰かがヒイロと一生の約束をするなんて、イヤだったんだ。
だからさ、ヒイロ。
オレのこと、大事にしてくれなくちゃ駄目なんだぜ?

「………デュオ…?」
ヒイロが、目を覚ました。
「おはよ、ヒイロ」
デュオが笑ってみせる。本当に、嬉しそうに。
「外はいい天気だぜー、あとで一緒に散歩しような」
「……朝から元気だな…おまえは」
「だって幸せだからさー、」
ヒイロと一緒にいられることが。
どきどきして、こんなにも幸せなんだって、知らなかったからさ。
「………そうか」
ヒイロも、ちょっとだけ照れくさそうに。

取り敢えず、叶う限りはずっとこのまま。

「…何を、考えている?」
「……内緒」

………一緒に、ね。

                                 END







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