嘘の夢/虚構の夢見





第一夜



耳に聞こえてくるのは怒号・爆音。
啜り泣く声・恐怖に震えおののくものの不通の懺悔。
(…………ああ、)
ここは戦場。
そうだ。
火薬の匂い。
そして死んだものの匂い。
けれどそれは真新しい血の香りで塗り替えられる。
自分は。
どうしてここにいるのだろう。
わからない。
(…あいつは)
一体。どこに。
身体に力が入らなくて、起きあがることすら適わない。
背には硬い岩肌。
何故か目に映るのはひどく遠くの、真っ青に広がる空と地上の境界線。
その空はまるで彼の瞳を映したような。
(……………逢いたい)
意識するとそれは急激に強くなり、何とか立ち上がろうと傍に手をつく。
ぬるりと。
覚えのある嫌な感触が手のひらに。
目前に、手を。
赤。
朱。
紅。
自分の手の元の色がわからないほどそれはねっとりと量があって。
無理矢理に首を捻ってその方向を見やる。
そこには。




顔のない屍体。
正しくは、首のないカラダ。
「……………ぁ………っ……」
息が、出来ない。
不思議と、嫌悪感は感じなかった。
それはただの生きていないカタマリ。かつては人であったモノ。
首を失った身体は、それでもそれが誰であったのかを教えてくれる。
逢いたかった、彼。
もう一度触れたかった、相手。
何よりもこの腕に抱き締めたかった、デュオ・マックスウェル。
どうして、などという言葉は浮かばなかった。
ここで命を落とすならそれまでの運命だっただけのことだ。
けれど。

傍で死んだことを幸運に思えばよいのか?
誰知らず、一人朽ちてくれればいいとは思わなかったか?

デュオという一人の個体を構成していたパーツ、その首は血溜まりの中で。
ヒイロのいない方向を向いていて。
痛みに軋む身体にむち打って、ヒイロはゆるゆると躙り寄った。
髪。
しなやかに弛む長い髪。
懸命に手を伸ばし、掴んで、引き寄せた。
デュオ・マックスウェルの首。

その末期の表情を確かめようとしたその刹那、ヒイロは眩い光を感じて。
瞳を、閉じた。















第二夜


腕。
肘から下だけの、腕。
気付いたとき手にしていたのはそれだけだった。
その切り口からはまだ鮮血が滴っていて。
薄暗い周りを、それでも目を凝らして見やると、いくつかのパーツが。
同じように切り落とされたもう片方の腕。
そして少し離れた場所には膝から下の脚が、二つ。
二本と言うには短くて、ヒイロはそう称した。
腕も、脚も。
ヒイロのものとさほど大きさの違いはなかった。

わかっている。これが誰のパーツなのかを。

ぱたっ、ぱたっと。滴る音が次第に間合いを帯びてゆく。
もうすぐ、止まる。
静寂が、戻る。

彼の身体も。
その脈動をあと僅かで止めてしまうのだろう。

ヒイロはその腕をしっかりと握ったまま時が訪れるのを待った。
何もかもが終わる瞬間を、ただ待った。
自分の両腕両脚を切り落とせばこのまま同じ死を受けられるのかと考えたが、 何故か身体は凍り付いたように動かなかった。



音が。

消えた。















第三夜


その身体はひどく冷たかった。

暗い闇の中でヒイロは何かに躓きかけた。
人の身体だった。
冷たく、堅くなりかけている、元は生きていた身体。
僅かの息づかいもなかったのでヒイロは気付かずに踏みそうになったのだ。
それほどに深い闇の中で。
誰が一体命を失ったのか。

ヒイロはしゃがみ込み、身体に触れる。
身体の線を確かめる。
小柄な、華奢とも言える身体付きの少年の身体だ。
瞼はおりていて、唇も閉ざされている。
ここが明るかったならば、死んでいると解らないかもしれないほどに綺麗な寝 姿だ。
血の匂いがしない。
特徴のある薬の匂いもしない。

それでも。
髪が。
その、長い髪が。
紛れもなく、その身体の持ち主を如実に示していて。

ヒイロは、そっと静かにその死体の唇に己のそれで触れた。

感触は、良く知っているものと酷似していた。
けれど。
その唇は、ただ冷たかった。















第四夜


厚い厚い氷の壁。
ヒイロはその前に立っていた。微動だにせず。
澄んだ水で精製された、不純物の混じらない、透明度の高い氷。
水の匂い。氷の匂い。
微かに感じられるだけの、ほんの、僅かな匂い。

氷の中にはヒトの身体。
亜麻色の髪をその中でなびかせたままのカタチで凍り付いている、ヒト。
閉じた瞳は開かれない。
空色の瞳はもう何も映さない。
「…………デュオ、」
微かな、空気だけで紡がれたその名前は目前にある氷中の相手の名前だ。
そ、とヒイロは氷に触れる。
まるで全てを拒絶しているかのように厚く冷たい氷。
デュオの身体は生きていたときそのままのように瑞々しくあった。
「………………デュ、オ……ッ!」
ガン、とヒイロはその氷柱に拳を叩きつける。
還らないのに。
デュオはもう、還らないのに。



キィィン…と耳鳴りがして、ヒイロは俯いていた顔を上げた。
どこから聞こえるのだろう。

瞬間、ヒイロは眩いばかりの光に包まれて、瞳を閉じた。



     そして。















第五夜


気が付くと、ひやりとした手が自分の額に充てられていた。
彼は隣で寝ていたらしい。身体はすぐ隣にあった。
そして、心配そうに見つめる二つの碧い碧い瞳。
とても澄んだ、あお。
「………ヒイロ、だいじょぶか? 随分うなされてたけど。
 変な夢とか怖い夢とか見てたのか?」
覗き込むデュオのはずの顔はその頭上から当たる光が表情をくすませている。
「……ああ、」

…………………夢?

「すげー苦しそうだったからさ、よっぽどヤな夢見てんだと思って、ついつい 起こしちまった、…勘弁な」
額に触れていた手が離れるのを、ヒイロは無意識に捕まえていた。
「………どしたよ、ヒイロ」
「…おまえが、消えてしまうかと、思った」
「馬鹿言ってんなよなー、誰がいなくなってなんかやるもんかって、」
そう言って、デュオはヒイロの額に唇を付けた。
「いい夢が見られる、おまじない。…うあ、何だかこっぱずかしいー」
頬をほんのり染めてデュオがそっぽを向き、そのまま横になる。
「………デュオ、…デュオ」
ヒイロが半身を起こし、デュオに覆い被さるようにのっかった。
「…何だよヒイロ…。…おいオマエもしかして、…泣いてんの?」
「……デュオ、」
くぐもった声がデュオの名を呼び続ける。
怖くて。
何が怖いのかなどとは言えない。
答えを知っている。けれど。知りたくはない、答え。
温かいデュオの身体。
その温もり。
規則正しい鼓動。
デュオが生きているという、証。

温かい雫が眦から零れ、そのままデュオの着ているパジャマに染み込んでい った。
「………ヒイロ? …なぁ、泣くなよ。どーしていいか、わかんねぇよ…」
言いながらデュオの手がヒイロの背をさすっている。
デュオ。
デュオ。
もう言葉は音にならない。
たった1つの名前さえ紡げない。
知っている。
知っている。
これは、[罰]なのだ。
終わりのない、責め苦。
「……………ひ……ィ、……ろ……」
あぁ。
あぁ、もう、タイムリミットだ。
これから自分はまた[デュオを失う夢]の中を流離うのだ。彷徨うのだ。
失う夢よりもここに、この腕の中にデュオがいる夢の方が痛い。

失っても、泣けない。
ここにある、それが哀しい。

温かい、身体。
生きている、デュオ・マックスウェル。
愛している。
愛している。
ただ、そけれだけだったのに。
赦されなかった。
この、感情のカタチと、その、行方と。

「…デュオ」

もう。大分前から。
何が夢で、何が真実か。

とうにわからなくなってしまっていたのに。
                                END




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